今年度は戦法全体として大きな変化というよりは、細かな工夫や戦法自体の先鋭化などが目立ちました。様々な戦法がよりブラッシュアップされ、ますます序盤戦術の重要性が増しているのが昨今の将棋界です。
居飛車
角換わり -戦法の細分化-
▲9五歩型
第80期順位戦B級2組7回戦 畠山 鎮八段VS阿部 隆九段
▲9五歩型自体は2019年頃から指されており、当時は端の位を生かすために▲8八玉を優先させていましたが、後手から先攻される将棋が多く、先手としては不本意な将棋になることがよくありました。
現在ではより慎重に駒組をする手順が増えており▲3八金~▲4八金と手番を調節して後手の最善形を阻止する形と、後述する▲3八金と手待ちする形の2つが▲9五歩型では主流となっています。
△6二金▲2九飛△8一飛▲4八金
△2二玉▲4五歩
仮に一手パスしていない形では△3一玉型と一段玉が深く、先手の攻めから遠いのです。
そこであえて一手パスすることで後手に手番を渡し、最善形から他の手を指してもらおうというのが▲3八金~▲4八金の狙いです。
▲9五歩型その2
第80期順位戦B級1組7回戦 郷田真隆九段VS藤井聡太三冠
上図の局面で先手の指し手が難しく(▲7九玉は仕掛けられる)、そのためあえて▲3八金~▲4八金と一手パスして後手に手番を渡していたのが先ほどの解説です。
そんな中▲3八金が新しい手待ちの方法として指されています。
後手の手待ちも難しく、△2二玉はやはり▲4五歩から先攻されるので、後手も動いていくことになります。
△6五桂 ▲6六銀△8六歩▲同歩
△同飛▲9七角
本譜は△6五桂と仕掛けましたが、△6五銀の実践例もあり、お~いお茶杯第63期王位戦予選 佐々木勇気七段VS近藤誠也七段が参考になります。
上図は▲4八金2九飛型で頻出する形で、従来の端歩を受け合った場合は再度、▲9七角と引いたときに端攻めがありますが、端を突き越しておりその心配はありません。これは▲9五歩型が生きる変化です。
ただ先手は角を手放しており、局面の形成自体は互角で好みの分かれるところでしょう。
一手パス型から通常形へのシフトチェンジ
第34期竜王戦1組ランキング戦 羽生善治九段VS佐々木勇気七段
先手の▲4五桂急戦を警戒して△5二金と上がる形は乱戦を防ぐことは出来るものの、下段飛車に構えると必然的に一手パス型になるので戦法選択の幅としては狭まることになります。(一手パス型と△5二金型については2020年の流行戦法で詳しく紹介しています。)
本譜では一手パスした形から通常形に戻す手法が登場、なるほどなと思ったので紹介します。
▲7八金△6四歩▲6八玉△6三銀
▲4七銀△7四歩▲2九飛△9四歩
▲9六歩△7三桂▲4八金△6二金
▲6六歩△8四飛
単に△8一飛と引くと一手パス型になりますが、一度△8四飛と一手パスして下段飛車にすることで金の移動と合わせて二手損することになり、通常形に戻ることが出来ます。
相掛かり -バランス重視か乱戦か-
後手の角頭歩保留対策
第80期順位戦C級1組2回戦 飯島栄治八段VS真田圭一八段
角頭歩保留の形に対して、去年は角道を開けずに▲4八金2九飛型の形を後手が目指す形を紹介しました。今年に入り、後手からより積極的な指し回しが登場しました。
△7六飛▲2四歩△同歩▲同飛
△3六飛
△7六飛~△3六飛と歩得をする動きが登場。
先手はゆっくりしていると後手の歩得が生きるので、▲8二歩から攻めてどうかという局面で相掛かりの研究課題の1つです。
バランス重視の後手
第29期銀河戦本戦Gブロック最終戦 三浦弘行九段VS豊島将之竜王
去年の流行戦型では相掛かりで▲4八金2九飛型に組む形を紹介。
その流れでバランス重視の相掛かりで右玉に組む形も増えておりレパートリーの一つとして定着しました。
「居飛車の全戦型に対応 なんでも右玉」という本でも類型として相掛かりの右玉が紹介されており、後手相掛かりの作戦に困っているならおすすめの作戦になっています。
矢倉 -主流は桂型急戦に-
超急戦、桂跳ねの破壊力
角換わり▲4五桂急戦の矢倉版ともいえる仕掛けで、後手が早々に桂を跳ねて仕掛ける形。先手としても初見で受け切るのは難しく、角換わり▲4五桂同様対策は必須の形です。
「先手矢倉の逆襲」でもこの形が解説されており、先手矢倉を指すなら必読の内容です。
攻め合いを目指す△7二飛型
第34期竜王戦決勝トーナメント 八代 弥七段VS三枚堂達也七段
△7二飛型が最近見るようになった引き角早繰り銀対策です。
▲5六歩△4四歩▲3五歩△7五歩
先手の▲3五歩の攻めに、カウンターで7筋を攻めるのが狙いの構想。
▲同歩△4五歩▲3七銀△3五歩
▲同角△7六歩▲8八銀
今回は先手が最速で▲3五歩と攻めている順を紹介していますが、先手が仕掛けを保留する形での駒組は第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負 第3局渡辺 明名人VS藤井聡太棋聖戦が参考になります。
矢倉でもバランス重視の△5二玉型
角換わりや相掛かりでバランス重視の将棋が増え、矢倉でも△5二玉型に構える将棋が多くなりました。
▲3五歩△同歩▲同銀△8六歩
▲同歩△8五歩
▲3五歩から仕掛けるのは△8六歩からの継歩攻めがあり、後手もやれる変化です。
仕掛けを見送って駒組になった場合は△6五歩と位を取るなど、右玉感覚で指し手を進めていけば一局になります。
雁木 -▲8八銀か▲7八銀か-
第70期王座戦一次予選 佐藤紳哉七段VS野月浩貴八段
雁木に対する早繰り銀での先手の囲いは二種類あり、駒の連結がよく乱戦に強い左美濃型、駒組の進展性や角交換に強い▲8八銀型があり、好みの分かれるところです。
個人的にはじっくり戦える▲8八銀型の方が好みです。
上図から
△5二金▲4六銀△4二角▲3五歩
△8六歩▲同歩△同角▲7八金
通常形であれば、▲7八玉型に構えるのが普通ですが、早期の角交換には▲7八金の含みもあり、頭の片隅に記憶していると役立つ形です。
横歩取り -青野流と通常形-
小堀流
第4回ABEMAトーナメント予選Aリーグ第三試合 8局目 三浦弘行九段VS船江恒平六段
去年同様、青野流対策として小堀流は一定数指されました。
その中で後手が先手横歩取りを狙い撃ちした一局を紹介します。
上図から
▲5八玉△7四歩▲2四飛△7六飛
▲7七角△7三桂▲3六歩△8八歩
先手の▲3六歩に対して、△8八歩がチャンスを見逃さない好手です。▲8八角は△同角成ですし、▲同金▲同銀どちらでも△6五桂と跳ねて後手の攻めが続きます。
▲同 銀△6五桂▲6六歩△2三歩
▲2五飛△7七桂成▲同銀△3四角
上図は実践の進行で、飛車取りに構わず△3四角が決め手で飛車金両取りをかけて後手が優勢になり、横歩取りでの研究が刺さった一局でした。
青野流に対する後手の対策
ここ1~2年の横歩取りの流れとして、青野流の登場で横歩取りが激減→小堀流や青野流への研究狙い撃ちでポツポツ指される→飯島流△4二銀の登場で横歩取りが増加→横歩取りの流行に伴い△4二銀型を筆頭とする青野流対策の発展という流れがありました。
上図の基本図から△4二銀型と△8二飛型を紹介します。
飯島流△4二銀の現在
SUNTORY将棋オールスター東西対抗戦2021関西Cブロック 1回戦 古賀悠聖四段VS井田明宏四段
先手側の対策も進化し、△4二銀型に対しては基本的にすぐに攻めるのもありますが、後手が形を決めたのを見て通常形にシフトする指し方を紹介します。
▲3六飛△8四飛▲2六飛△2三歩
通常であれば後手は△2二銀と歩を節約して受けたいところですが、△4二銀と上がっているので△2三歩と受けるしかありません。
先手としては、後手の△4二銀型の専守防衛には、歩を打たせたことに満足して持久戦を目指すのが基本方針となります。
▲8七歩△7二銀▲3八銀△9四歩
▲1六歩△9五歩▲1五歩△6二玉
▲7七角△同角成▲同型△3三桂
先手は飛車の横効きを通しつつ、駒組を進め、仕掛けを封じます。
形成自体は互角ですが先手に不満はなく、一局の将棋です。
△8二飛型
第80期順位戦C級1組5回戦 西尾 明七段 VS 飯島栄治八段
△8二飛型も青野流対策としてよく指されていますが、横歩を得意にしている飯島八段が採用したということもあり、注目の形です。
▲3六歩△2六歩▲8三歩△同飛
▲3七桂△8八角成▲同金
△2六歩の垂らしのタイミングについては色々あるところで、今回は△8二飛と飛車を引き上げてから△2六歩と垂らすタイミングでの形です。
△3三桂 ▲8四歩△8二飛▲2四飛
△2二銀
激しくいくなら▲6五角、じっくりいくなら▲2六飛も有力で、要研究課題の局面です。
振り飛車
中飛車 -一直線穴熊の新手筋-
第63期王位戦予選 神谷広志八段VS永瀬拓矢王座
△4一金の動きを保留する居飛車穴熊の指し方が工夫として登場。
△4一金を保留した効果で、▲6六飛の揺さぶりには△5二金と指せるようになっています。
△7四歩▲5八金△5一角▲4八金
△7三角▲4八金△3二金▲6八角
△9四歩▲9六歩△6四角
従来であれば▲6六飛の揺さぶりには△2四飛~△6四歩などとして受けていましたが、△5二金の効果で△6四歩を保留、角の転換が可能になりました。
この△4一金保留型は書籍の「堅陣で圧倒!対中飛車一直線穴熊」でも解説されており、一直線穴熊は先手後手両方で使える中飛車対策としておすすめです。
四間飛車 -居飛車ミレニアムの先鋭化-
隙の無いミレニアムの組み方
第47期棋王戦挑戦者決定トーナメント 谷合廣紀四段VS佐藤康光九段
先手四間飛車対後手ミレニアムの序盤戦。
上図から後手が普通に指すなら△5二金~△4二金と金を寄せていくのが自然ですが、より隙なく駒組を行う手順が現れました。
△5一銀▲6五歩△5三角▲2八玉
△4二銀▲4七銀引△5一金右▲3六歩
△3一金
通常の駒組時は△5一銀~△4二銀の瞬間が隙が多く咎められる事が多かったのですが、銀の移動を優先させたことで、常に隙なく駒組を出来るようになりました。
上図から金を寄せるタイミングで仕掛けられても十分対応できる形です。
ミレニアムの手筋△6二角
先手番のミレニアムではあまり見ませんが、後手番のミレニアムだと手の遅れによって、五筋の角頭攻めから主導権を握られるパターンが多いです。
先手番なら△7四歩の一手が入っている計算なので△6二角と引いて▲6五歩に△7三角が間に合いますが、なんと△7四歩の一手が入っていなくても△6二角と引く手が成立するのです。
△6二角▲6五歩△7四歩▲6四歩
△同歩▲同飛△4五桂
▲同桂には△7三角で準王手飛車があるので、取ることは出来ません。
▲6三飛成△3七桂成▲同銀△8六歩
▲同歩△8八歩▲5四流△8九飛成
▲6四歩打△4四角▲同角△同歩
ミレニアム側は先に龍を作られていますが、玉形差もあり形成自体は互角です。
後手番のミレニアムでもこういった仕掛け手順があるということを覚えておくと駒組の自由度が上がるので頭の片隅に覚えておくといいかもしれません。
三間飛車 -急戦も持久戦もある-
対三間飛車への急戦
▲3七桂早仕掛け+金無双
三間飛車への対策として急戦系の将棋が多くみられるようになりました。
▲6八金の金無双が指される以前は▲6八銀から仕掛けを目指す形が定跡で「▲3七桂早仕掛け」として古くから指されている形です。現在ではあまり見かけなくなった仕掛けで、やはり玉の薄さが気になるところです。
その点金無双は堅さも備えており、対三間飛車急戦で囲いの選択肢として多く採用されました。
△7二銀▲1六歩△1四歩▲5七銀
△4三銀▲7七角△6四歩▲4五歩
▲4五歩では▲4八飛と回って仕掛ける手順もプロの実践例であり有力な仕掛けです。
今回はシンプルに▲4五歩の仕掛けを見ていきます。
△同歩▲同桂△7七角成▲同桂
△4二角▲1五歩△同歩▲2四歩
△同歩 ▲1五香△同香▲4四歩
香損の攻めながら最終手の▲4四歩が好手で△3二銀と引くくらいですが、▲5五歩から攻めて先手優勢です。
三歩突き捨て+金無双
第79期順位戦C級2組8回 石川優太四段VS佐藤紳哉七段
三歩突き捨ての従来からある仕掛けに金無双を組み合わせた形。
突き捨てる順番は色々ありますが、実践例から紹介します。
△同香▲同香△7六歩▲9八飛
△7七歩成▲同銀△6七角
△6七角と打った局面は居飛車が500点以上よく、堅陣な金無双が攻め合いで生きた変化と言えるでしょう。
やはり石田流には組ませない。
第15回朝日杯将棋オープン戦一次予選 今泉健司五段VS西川和宏六段
従来は穴熊に組む代わりに石田流に組ませるという形はよく見ましたが、現在では穴熊を目指している場合でも石田流には組ませない形がほとんどです。
△4五歩▲同銀△7四飛▲1一角成
△3三角▲同馬△同桂▲6五角
穴熊に組んでいる途中でしたが、石田流への組み換えを見て▲4六銀から反発。手筋で切り返しましたが、上図まで進むと後手の離れ駒が痛く、先手が優勢になりました。
三間飛車でもミレニアム
四間飛車でのミレニアムの流行後、三間飛車でミレニアムを趣向する将棋が増えました。△6四銀型が三間飛車の特権で中央から動く手など柔軟性の高さと玉の堅さを両立しています。
また三間飛車ミレニアム+石田流の組み合わせなども試されており、要注目の戦型です。
相振り飛車 -西川流の行く末-
西川流
第15回朝日杯将棋オープン戦一次予選 西川和宏六段VS宮本広志五段
この形については三手目▲6六歩党の序盤戦術と相性が良く、矢倉と振り飛車の両天秤の指し方が出来ることから私自身もよく指していた形です。
ただ左美濃の登場で矢倉を目指すのは難しくなった経緯もあり、現在ではほとんどが三手目▲6六歩ノーマル振り飛車党の相振り対策対策として指されているイメージです。
△7二銀▲7八銀△6二玉▲2八銀
△7一玉▲5八金左△4二銀▲4八玉
△5二金左▲6五歩
従来は▲8五歩を優先し、△7二銀に▲8四歩を見せていましたが、永瀬流の千日手があり、難しい戦いです。千日手を打開する形については「これからの相振り飛車」で紹介されています。
△7七角成 ▲同 銀△5五角▲4六角
△同角▲同歩△同飛▲4七金△4四飛
▲5八金△3四飛▲8五歩△4四歩
▲6四歩△同歩▲8四歩
上図の▲6四歩~▲8四歩と突き捨てる動きは西川流では頻出する形で、△同歩は▲6四飛~▲8四飛と二歩を手順に持ちつつ二筋に飛車を持ってこれます。
実戦では△6五歩と飛車の転換を阻止しましたが、▲8三歩成から美濃を崩し、攻め合いを目指せる形になり、実践でも先手が勝利しました。
まとめ
やはり対局数の多い居飛車の定跡が移り変わる速さは凄まじく、特に水面下で現れなくなった変化など、自分では分からない部分が多いというのを「現代調の将棋の研究」を読んで思い知り、改めてプロ棋士の戦法の変遷への対応力の高さ、研究の深さに驚くばかりです。
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